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なんだか、最近はアチューメントを通してスピリチュアリティの普及を行ってる気がする。
最初の頃は、それほどがんばって他の人にアチューメントを行おうと思ってもいなかったのだが、この短期間に7人も伝授できたのかと思うとなんだか不思議な感じがする。
そもそもアチューメントをすることになった経緯が、妙な偶然が重なったり、今までにない交友関係から頼まれたりと、振り返ると一種の必然性を感じてしまう。
スピリチュアルに関しての潜在的なニーズが高まってきているということだろうか?それとも…。
そしてまた最近、妙な感覚に襲われたのを思い出す。
一部で2012年に起こると言われている人類の意識の大転換についてのことだ。
最初それを知ったときは、「もし2012年に何かあったら、おもしろいなぁ。もし起こるのなら、この時代に生まれたのはラッキーだったかも。」程度のことしか考えてなかった。
だが、最近ふと「いよいよ2012年が近づいているな…」と思った時
『ここまでくるのに長い年月がかかった。…しかし、やっとそれも報われる※1』
という感覚に襲われたのだ。
もちろん、この「長い年月」とは、僕の今生である、わずか23年間を表現するニュアンスではない。
単なる陶酔かなにかかもしれないが、この感覚に胸を打たれるような、妙な感動を覚えたのは事実である。
自分自身の、地球における数多あったであろう輪廻に思いをはせてしまう。
そして宇宙への帰還できる日のことを思うと、なんともいえない安堵感を感じるのだ。
こんな感覚も、いよいよ地球生命圏からの卒業が間近ということなのだろうか?
現在、各方面で2012年を意識してか、本などの出版や何らかの活動が頻繁に行われているようだ。
自分自身の活動も、その潜在的な巨大プロジェクトの一部に組み込まれているのだろうか。
だったら身近に起こる様々な偶然にも説明がつく。
しかし、ここでふと『百億の昼と千億の夜※2』のセリフを想起する。
「もしも、すべてが嘘だったら!」
「神は人類を愛してなどいない!」
「この宇宙の崩壊も奴らの計画の一部だ!」
…その真偽を確かめるには。
本を読んだり、人から話を聞く、ということ以上に
自分自身でしっかりと実体験を積み重ねることが大事なのかもしれない…。
ブルース・リーも言ってるではないか
”Don’t think! Feel.”
―――と、今回はかなりいっちゃってる思い付き発言となりました。
※1:文章として書いたが、このようなことをなんとなく直感した。
※2:僕が読んだのは光瀬龍の小説ではなく、萩尾望都が漫画にしたものだ。師のオススメだった。
(わからない方はhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%84%84%E3%81%AE%E6%98%BC%E3%81%A8%E5%8D%83%E5%84%84%E3%81%AE%E5%A4%9Cを参照されたし)。
昨日の朝。
徹夜で1/2500の地図のコンターをAdobe Illustrator CS2にてトレースしていた後のこと。
作業も終わって布団で寝てると。
何度かの夢の後にそれは起きた。
突然、人間らしからぬ女性の雰囲気を突然感じ(実にあいまいな表現だが、半分が夢みたいだったのでニュアンスになってしまう…)、
なんだかわからないが目を覚ますと、ビキッと体(特に上半身)を押さえつけられたような感覚になった。
「金縛り!?」っと思った自分は慌てて同居人の名前を叫ぼうとする。
しかし、声がでない。
息が少し漏れるだけで、声にならないのだ。
その間にも、足元で布団がめくられているような感じがした。
恐怖のあまり腕や足を動かそうとするが、全く動かない。
そうしてる間に、顔の近くに、何かの気配を感じはじめた。
「日が昇って明るいから何も見えないが、暗かったら何か見えてる!」というなぞの推測が頭をよぎる。
ぬう!いかん!と力むのをやめて、肉体の身体ではなく、エネルギー体の身体感覚を呼び起こす。
若干効果があったのか、手足が少し動くようになった。
声も、かすれるようだが発声できた。
それを糸口に、一気に身体感覚を取り返すことができた。
科学的にいえば、疲労で睡眠中に脳だけが覚醒してしまい、金縛りが起きたのかもしれない。
しかし、体外離脱の業界(?)では、金縛りは体外離脱の一歩手前の状態であるという認識がある。
それを思い出し、僕は恐怖で金縛りから逃れようとしていたことをを悔やんだ。
今日もこれから就寝だが、是非金縛りを期待してねることにしよう。
おやすみなさーい。
インドに行ったり、大学院に入ったり、親しい人との別れが合ったり、新しい本と出合ったり、新しい人と出会ったり、新しい能力を獲得したり、新しい目標ができたり、相変わらず就職のビジョンが固まってなかったり(汗)、車を買い換えたり、えーと、えーと、えーとせとら…。
ある本から引用させていただくと、「一般道から高速道路に乗り換えたよう」な目まぐるしさである。
しかしながら、この目まぐるしさも必然的であるような気がする。
何か、全体のプロセスの一部だという直感がそこにはある。
今日の講義で非常勤講師の小川一行先生が言っていたこととちょっと関係している気もする。
小川先生がニュートンの運動方程式を、人間の脳の作用に当てはめることができる。という画期的で異端的な学説を発想したときのことだ。
「最初から答えがわかっていたわけではないが、最初から答えが見えていたような気がしていた。」
…うーん、なんかかっこいい。
せっかくだから、ここはひとつあやかっておこうじゃないか。
というわけで、なんとなく引き合いに出しちゃたが…。
あ
もう寝る時間だ。
尻切れトンボだけど今日はこれでおしまいってことで…。
明日は大学関係のバイトでどこかに行きます。
えーと、どこかは覚えてません。
宗教学者ルドルフ・オットーの唱えた概念
ユングは、「ヌーメン的」なものに触れることが治療につながると考えてい。
大学院に入学してからというもの、日々やりたかったことにいろいろと手を出して、朝から夜まで楽しく過ごしている。
楽しい時間は早いもので、結構あっという間の1ヶ月。
気づけば記録の更新も少なかった。
こうして考えてみると、自分にとってこのブログは「やりたいことができない労働ばかりの日々」から抜け出して、「やりたいことをやってる自分」を自他共に認められる記録というかたちで発信することで、自己内面のバランスをとるカウンター的な機能を果たしていたんだな。と自覚。
今はやりたいことに思う存分時間をかけられるので、ブログの世界に入らなくてもバランスが取れているのだ。
どうもそのへんに記録更新の少なさがあるんじゃないかと思う。
それに、時間が決められた労働とは違い、大学院生活はONとOFFが明確ではないことも原因のひとつ。
今まではON:労働。OFF:スピリチュアル&記録。みたいなペースだったが、今は時間を問わずやっておくべきことが沢山ある。
次はあれやろう、次はこれしなきゃ。で記録更新もあとまわしだったのかもしれない。
しかし、このまま記録のすくないのも寂しい気がするので、自分の中のブログの方向性を変えてみよう。
例えば投稿基準を少し変えて、ライトなものにしてみるとか。
「今、大学についた。今日も一日充実させちゃうぞ☆」みたいな感じで(笑。
…とまぁ。そんなわけで、今回はこれからのこのブログのあり方についての徒然記録となりました。
あ、それと心機一転てことで、トップ画面を若干変更。
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