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それを目撃した舞台は同居先の一軒屋。

昨日ふと廊下を通ったら、視界の左端に何か白いモヤのいようなものが見えたのだ。

一瞬のことだったので振り向いた頃には見えなくなっていたが、一体なんだったのだろう…。

光の反射か、なにかの見間違いかと思い同じ位置から同じスピード、同じ向きで歩いてみたがそれらしきものは見えなかった。

僕の記憶が正しければ、白いモヤはバスケットボール程の大きさで、モヤモヤとしたカタマリというよりは、球状の輪郭にそって薄く皮のようにモヤがかったような何ともいえないカタチだった。

…うーん、単なる気のせいだろうか。

それともオーラ視トレーニングの成果として、霊的な何かが見えたのだろうか。

ちなみにモヤが発生していた場所は階段の5段目くらいだったような・・・。


とりあえず、今はあまり深刻に考えないことにしよう。

しかし、一応モヤの発生していた階段付近には少し注意を払っておこうと思う。

なんらかの変化や現象に気づくかもしれない。


単なる見間違えかもしれないので、同居人にはこのことは言ってないが…。

知らぬがホトケかな。
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いまさらながら昨晩の記録をひとつ。

昨晩は同居先の家に来客があり、ナカナカにぎやかだった。

客人と家の住人あわせて6人で、いろいろと話していたときのこと…。

ふと話し相手のオーラを見てみようと思った際、簡単に焦点をぶれさせることができてハッとした。。

これってソフトフォーカスなんじゃないか?

オーラ視において、対象物を見る際に意図的に焦点をずらすことをソフトフォーカスという。

物質的な視力のレベルを下げて、霊的な視力を高めるという効果があるのだ(ったと思う、たぶん)


ぼくは、そのことに気づいた瞬間「お!ソフトフォーカスできた!!」と思わず声に出してしまった。

一緒にいた一同の頭上に「?」マークが浮かんでいたであろうことは、オーラ視ができなくても確実にわかった。

いやぁ、とっさのスピリチュアルな言動には気をつけないといけませんな。

くわばらくわばら。

よく「あくびがうつる」と言うが、この現象は科学的に解明されているのだろうか?

僕の記憶が確かなら、あくびとは呼吸数が減って酸素欠乏状態にある脳へ、一時的に酸素を大量に送り込む為に行う一種の生理現象だったと思う。

つまり、酸素欠乏=眠たくなった状態を改善しようとしている運動なのである。

退屈だと、人間は呼吸数が段々と減ってくる。

おそらく、複数の人間が退屈なひと時を共有することによって、自然とあくびをしやすい環境を作り出しているのかもしれない。

そして偶然、あくびが複数名の間で時間的に近接して発生することによって、まるで「あくびがうつる」ように感じているのではないか?


まぁ、少なくとも今まではこのような持論をひねり出して、理論づけを行ってきたわけだ。

しかし今日、仕事場で社員の方と2人でいる時に、まったく同じタイミングであくびをした瞬間に、フトひらめいた。

「あくびがうつる」ってオーラ同士が干渉しあうことで起きてるんじゃないのか?

オーラとはその時々の状態によって変化して、時に他人に影響を及ぼしたりもするらしいのだ。

例えば、病院に行って帰ってくると普段よりも疲れたような気分になる人がいるかもしれない。

スピリチュアルな業界ではこのような現象の原因を、病気の人が無意識に他人のオーラからエネルギーを吸収したり、ネガティブなエネルギーを発して周囲に影響を及ぼしたりしているためと考えられているのだ(見方によっては病人に対する偏見のようですね)。

さて当然、精神面を色濃く反映したオーラは、眠いとか、ぼーっとした状態をも反映していると考えられる。

そんなオーラ同士が干渉しあい、あくびを同時多発的に誘発したとは考えられないだろうか?

もちろん、これは単なる思いつき発言である。

僕自身、思いついた瞬間は「まさかな・・・」とそんなにマジメに考えたりはしなかった。

しかしその後、またしても同じ社員の方とあくびが同時に出たので、ひょっとすると・・・と考えるようになったワケだ。

しかも、あくびをしたか、していないのかがわからないくらいのお互い小さなあくびだったのに、なんとなく相手があくびをしたのが直感でわかったのだ。

そもそもすべてが偶然。という可能性もあるが、ずっと退屈していたわけではないので、2人のあくびのタイミングが2度も完全に一致するなんてナカナカ偶然で起こりえないと思う。

しかし、これ以上は憶測の域を出ないだろう。

まぁこのことは、今後詳しいことがわかったらまた書こうと思う。

昨日、今日と至近距離から友人のオーラを見る機会に恵まれ、気兼ねなくオーラを観察できた。

そこで、至近距離からのオーラ視では、体から3~5cmくらいのオーラの層がよく見えるのだと気がついた。

かなりハッキリと知覚できるので、やはり思い込みではないようだ。

うーん、日々進歩しているような気がする。

そう気付けたのも、快くオーラを見させていただいた友人たちのおかげだろう。

ありがたや、ありがたや。


また関係ないが、深夜に長岡から新津へ車で帰還した際、雨のせいもあってか途中でカエルが沢山路上で飛び跳ねていて、ひき殺さないかとかなりヒヤヒヤした。

僕の守護霊のカエルは、いわば種族の代表者である。

守護霊に失礼のないように気を使いながらの運転は、普通の人からしたらアホらしい行為かもしれない。

でもおかげで、スピードを出しすぎずに運転できたので結果的には良かったのだ。

それは恐らく日本で唯一、シャーマニズムが交通安全につながった瞬間だったであろう。

この日記を読んだあなたは歴史の目撃者になったわけだ。


・・・ってナニ言ってるんだ?

いやスイマセン

たぶん眠いんだと思います。

ではおやすみなさい~。

今日は夜道で前を歩いていた人のオーラを見てみた。


お!


いつもよりハッキリ見える。

やはりオーラというものは薄暗い方が見えやすいらしい。


これだけハッキリ見えると、思い込みというわけではないようだ。

もっともすべて主観的な情報なので、自分が自分を騙しているという可能性を完全に払拭することはできないわけだが・・・。


さて最近、人と近づく際はオーラを視覚にこだわらず、感覚的に意識するように心がけている。

肉体は五感しか感じることができないが、本来の非物質的肉体ならば物理的な感覚神経に左右されない多くの感覚を感じれるはずだからだ。


もともと、よく人からは「君は感覚的な人間だ」とか言われたりしてたが、もはや比喩ではなく実際に感覚的になりつつある。

あぁ、こうして知らず知らずのうちに、普通の人という枠からシフトしてしまうんだなーとしみじみ感じてしまう今日この頃である。

今日はオーラ視の訓練をかねて、道行く人のオーラを勝手に観察。

とはいってもまだ未熟なオーラ視力なので、なんとなくアウトラインにオーラらしきものが見える程度。

なんとかして、体すべてを包みこむのオーラの全体像が視たい。

とりあえず日々の練習からコツコツと…。

「オーラは一日にしてならず」 ってか。

ハイ、下らないですね。スイマセン。
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